冬の古都「京都」駆け巡り2014(その5)

平成26年12月28日(日)
京都市北区『上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)』にて

 嵐電の「北野白梅町駅」から、西大路通を徒歩で北上すると、途中、桜で有名な「平野神社」の前も通過して約14分で「わら天神」に到着します。そこから西大路通を渡って、狭い町中の通りを抜けて、東に約15分程度歩くと千本通りに面した「上品蓮台寺」に到着します。

山門
上品蓮台寺山門

境内
境内としだれ桜

本堂ほか
本堂ほか

梵鐘としだれ桜
鐘楼としだれ桜

 例によって、『上品蓮台寺』について、ネット上に溢れる情報をまとめると、以下のようになります。

 寺伝によれば、聖徳太子が建立し、宇多法皇が中興した。実質的な創建は、東寺長者寛空によるとも。応仁の乱で焼失したが、その後復興された。かつては12坊(塔頭)と呼ばれる広大な寺域を有していたため町名の由来になっている。絵因果経は国宝。境内のしだれ桜が有名。

上品蓮台寺高札
高札

 平安時代後期に活躍した仏師「定朝(じょうちょう)」の墓所がある。定朝は寄木造技法の完成者とされていて、宇治の平等院本尊の阿弥陀如来坐像(国宝)は遺作とされている。

仏師定朝
定朝高札

蜘蛛
蜘蛛塚

蜘蛛塚高札
蜘蛛塚高札

 さて、高札にもあるように、大きな山蜘蛛を退治したのは、源頼光(らいこう)さんに「ちみたち、ちょと行って退治してきてね。」と命じられた四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)のはずですが、この塚(石碑)には、何故か、化け蜘蛛妖怪の妖術で熱にうなされていた「源頼光朝臣」とあります。いつの時代も部下の手柄は、上司の手柄ということでしょうか。どなたか理由がわかったら教えてくださいませ。あはは。

本日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。
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冬の古都「京都」駆け巡り2014(その4)

平成27年12月29日(火)
京都市北区『わら天神』にて

 平成26年12月28日(日)、この日、私どもは法輪寺を出て、渡月橋でもきょろきょろしながら、嵐電に乗って、北野白梅町からは徒歩でしたが、「わら天神」にはお昼前には着いていました。

嵐電「帷子の辻駅」
嵐電『帷子(かたびら)の辻』駅(別の日に撮影)

鳥居1
わら天神 石鳥居

 さて、『わら天神』について、ネット上に溢れる情報をまとめると、以下のようになります。

 「敷地神社」(しきちじんじゃ)は、安産の神として信仰されていて、通称『わら天神』と呼ばれている。その由来は、安産の御守として“藁”が授与されるから。藁に節があれば男の児が、節がなければ女の児が誕生するといわれている。元々は、北山天神丘に祀られていたが、1397年に足利義満が山荘「北山殿(鹿苑寺)」造営の際に、鎮守社として現在地に遷座したらしいこと。摂社の「六勝稲荷神社」は、試験合格の神として信仰されている。主祭神は木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)。

鳥居2
参道

本殿ほか
境内(※左から、拝殿、本殿、摂社六勝稲荷神社)

わら天神高札
わら天神高札

 私どもが参拝したときも、お爺ちゃん、お婆ちゃん連れで、赤子を抱いたご夫婦が何組か訪れていました。

六勝神社高札
摂社「六勝稲荷神社」高札

二つの神社の御利益を合わせると、まさに“最強”です。

本日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。

冬の古都「京都」駆け巡り2014(その3)

平成27年12月24日(木)
京都市西京区『法輪寺』にて

 平成26年12月28日、松尾大社を後にした私どもは、午前10時10分には「法輪寺」に到着していました。

渡月橋
嵐山渡月橋

 この角度から渡月橋を撮影した写真は、あまりお目にかかったことがありません。大抵は乱れ咲く桜や赤や黄色に燃える紅葉の嵐山を背景にしたものが定番ではないでしょうか。この写真は法輪寺の“舞台”から撮影したものです。

山門
法輪寺山門

参道
参道

本堂前狛牛
本堂前の狛“うし”?

多宝塔
多宝塔 ※手前手水鉢の氷が当日の寒さを物語っています

 京都観光・文化検定試験公式テキストによれば、法輪寺は本尊の虚空蔵菩薩に因んで『嵯峨の虚空蔵さん』として親しまれており、虚空蔵菩薩が記憶を増す求聞持法の本尊であることから、衆生に智恵を授けると伝えられ、「十三まいり」には数え歳13歳になったお子さんたちが、智恵や福徳を授かるために参詣するそうです。また、京のならわしでは、十三まいりの後、渡月橋を渡りきるまで、知恵が逃げていかないように、振り向かないのだそうです。子供たちの何とも微笑ましい様子が浮かんできませんか。十三まいりは、3月14日から2か月間行われます。

法輪寺高札
高札

 法輪寺は針供養のお寺としても有名ですが、詳しくは、以下のリンクをご覧ください。

法輪寺
(以下、続く。)

では、今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。

冬の古都「京都」駆け巡り2014(その2)

平成27年12月22日(火)
京都市西京区『松尾大社』にて

 梅宮神社をあとにした私どもは、てくてくと西進し、桂川に架かる橋も渡り、阪急嵐山線の踏切も越えて、ようやく松尾大社(まつのおたいしゃ)の鳥居前までやってきました。

阪急嵐山線と松尾大社駅
阪急嵐山線と松尾大社駅

松尾大社鳥居
松尾大社鳥居

付近の様子は、以下のマップでご覧ください。

付近図2
付近見取り図

楼門
楼門 ※左右には露店が準備中でした。

楼門内側
境内から見た楼門 ※こちらからの方が“枯れて”いて良い

手水舎
手水舎

拝殿と授与所
拝殿(正面)と授与所

この日は、松尾大社は迎春準備で大忙しといった様子で、正月飾りなどをしているため、本殿の様子なども見え辛く、本来の荘厳さとか静けさのようなものは感じられませんでした。

拝殿と本殿
迎春準備中の拝殿と本殿

 松尾大社は、古来より酒の神として信仰され、境内にある「亀の井」の水を混ぜると酒が腐らないという言い伝えがあり、貰い受けて帰る酒造家もいるそうです。「亀の井」の写真は撮れていません。

本殿の横っちょに回り込んでみましたが、神社建築としては珍しい形式といわれる「両流造」の本殿は、拝むことができませんでした。

本殿脇から
本殿脇から

 松尾大社には、昭和の庭園研究家で作庭家の「重森三玲」氏の代表作「松風園」(上古・蓬莱・曲水の3つの庭からなる)があるそうですが、これも今回は拝観できていません。なので、松尾大社の全体像は、以下の鳥瞰図をご覧ください。

松尾大社全景
松尾大社全景

王城鎮護の神で、天皇の行幸もたびたびあったとの由。なるほどの規模ですか。
詳しくご覧になりたい方は、以下のリンクから

松尾大社

(以下、続く。)

では、今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。

冬の古都「京都」駆け巡り2014

平成27年12月21日(月)

 右京区『梅宮大社』にて
 昨年の12月28日から大晦日までの4日間で、30箇所足らずの京都の寺社仏閣を巡りました。京都に行って、寺社仏閣を駆け足で詣でるのは良いのですが、その記録作業(ブログ更新)の方が少し疎かになっているような気がします。そんな訳で、少し整理をしてみようかと思います。

 暮れも押し詰まった12月28日(日)に歩いたコースは、三条通(山之内)から四条通に入って、梅宮大社~松尾大社~法輪寺に参詣。嵐電で「嵐山」から「北野白梅町」へ移動。わら天神(敷地神社)~上品蓮台寺~建勲神社~今宮神社~上御霊神社までというものでした。

 旅の目的は、平安遷都後は賀茂社とともに王城鎮護の神となり、『賀茂の厳神、松尾の猛霊』と並び称された「松尾大社」(京都観光・文化検定試験公式テキスト)、十三参りで知られる「法輪寺」、やすらい祭で有名な「今宮神社」、応仁の乱勃発の地「上御霊神社」などに参詣することでした。

 この日、私どもは、早朝から徒歩で出掛けて、三条通から四条通に入り、しばらく西進しました。ここで位置関係を説明しますと、四条通は京都市を東西に貫く幹線の一つで、東の突き当たりが「八坂神社」、西の突き当りが「松尾大社」となっていて、まさに両者対面するかたちとなっています。

梅宮鳥居
梅宮大社鳥居

 話を戻します。四条通をふらふらと歩いていると、右手に石造りの鳥居が目に入ってきました。「梅宮大社」とあります。

ピラカンサス
参道 ※お天気が良くて、ピラカンサの赤い実が綺麗に色づいていました。

楼門
中門

手水舎
手水舎

拝殿と楼門
拝殿と中門

本殿
本殿

 その時は何の予備知識もなく詣でたのでしたが、あとから調べてみると、この神社は、酒解神(さかとけのかみ)、酒解子神(さかとけこのかみ)らを祭神とし、子宝に恵まれるといわれる「跨げ石」がある神社で、その昔(嵯峨天皇の時代)、皇子に恵まれなかった檀林皇后が当社に祈願したところ、仁明天皇が生まれたという謂れがあるのだそうです。因みに酒解神らは、安産と造酒の神様なのですって。詳しくは、高札をご覧くださいませ。

梅宮高札
梅宮大社高札

「跨げ石」をご覧になりたい方は、以下のHPをご覧くださいませ。

梅宮大社

(以下、続く。)

 では、今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。
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