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讃岐の国「こんぴら詣で」(その2)

平成24年7月29日(日)
 クンピーラというインドのワニの神様が、日本に伝来した時には、薬師如来の守護者『12神将(守護者)』の筆頭と云われる「クビラ(宮昆羅)大将」になりました。それが金比羅さんの名前の由来だそうです。ワニの神様ということで、転じて「海の神様」として漁師や船員さんに永く信奉されてきたようです。金刀比羅宮はもともとは『松尾寺』と呼ばれる真言宗のお寺で、その金比羅様を本尊としていたようですが、明治期の『廃仏毀釈』の荒波の中で生き残るために神社になり、現在では『大物主命』、『崇徳天皇』が奉じられています。そんな面倒くさい話は私にはよく判りませんが、詳しくはウィキペディアの記述をご覧くださいませ。

 さて、階段を幾つか上ると、やっと本宮に辿り着いたと見紛うほどの立派な社殿『旭社』(628段)が現れます。幕末から明治期の侠客『清水の次郎長』の子分で『森の石松』(実在の人物かどうかは諸説あるようですが・・)が、ここを本宮と勘違いして代参の途中で帰ってしまったというのは有名な話のようです。

旭社
旭社

 本宮は回廊沿いに進んだ先の階段を更に登り続けた先(785段)にあります。ここまで登ってくるとさすがに暑さでへとへとでした。社務所前のテント張の休憩所に置いてくれていた熱中症対策の『しお飴』が、気が利いていてとても嬉しかったのを覚えています。

回廊
回廊

 本宮あたりには、神楽殿や沢山の御社、絵馬堂などが配置されています。

金毘羅宮本宮
金毘羅宮の本宮
何をお祈りしているの
何をお祈りしているのでしょうか
御本宮
本宮
神楽殿
本宮から望む神楽殿
三穂津姫社
三穂津姫社
絵馬堂
絵馬堂

 そして登山者にとって何よりのご褒美は、本宮前の広場からの讃岐平野の眺望です。写真の中央左奥は『讃岐富士』と呼ばれる飯山です。確かにここまで登ると「もういっか」という気分になります。(つづく)

ご褒美
ご褒美

12神将

金刀比羅宮

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京都市上京区『千本閻魔堂(引接寺)』にて

平成24年7月20日(金)
 さて、大雨の峠が過ぎたころ、私どもは京都市上京区千本通(朱雀大路)の『千本閻魔堂』(引接寺)の前にいました。

えんま堂入口
えんま堂看板(なかなか見つからないはずですね(^_^;))
お堂
お堂
鐘楼
鐘楼
堂内部
堂内部

 千本は京都3大風葬地である「化野」、「鳥辺野」に並ぶ『蓮台野』の入口に位置していて、古くから夥しい数の石仏や卒塔婆が並んでいた様から千本という地名になったようです。化野「念仏寺」(2011.5.14)から始まった京都の3大霊場巡りも、鳥辺野「六道珍皇寺」(2012.5.5)に引き続き、最終の地を訪問したことになります。

 このお寺は「小野篁」卿が閻魔法王像を彫り開基したとされています。その閻魔像は応仁の乱(1467-1477)で残念ながら消失し、後に再安置(1488)されたもののようです。
 堂内には「閻魔」(裁判長)と検察官、書記の3体の像が安置されています。幸いにも写真撮影をすることを許されたのでお目にかけましょう。
閻魔像
閻魔像(かっと目を見開いた様子はなかなか迫力があります)
検察官
検察官(罪状を読み上げているのでしょうか)
書記官
書記官(口をへの字に曲げて供述調書でも作成中のようです)

 このお寺には、昔を偲ばせるような風習・習俗が伝えられているようです。またの機会があれば是非見てみたいと思いました。

千本閻魔堂

京都市上京区『千本釈迦堂(大報恩寺)』にて

平成24年7月20日(金)
 話は相当戻りますが、その日、私どもは京都『北野天満宮』にほど近い『千本釈迦堂(大報恩寺)』の境内にいました。確か目的地は、『引接寺』だったはずなのですが、道に迷ってしまって、何度も何度もぐるぐる回り『ちびくろサンボ』(←知らないだろうなあ(^_^;))に出てくるトラのように、融けてバターになりそうになりながら、ようやく辿り着いたのでした。

千本釈迦堂
千本釈迦堂(大報恩寺)

 さて、7月20日(金)と云えば一昔前の『海の日』ですよ。何たって蒸し暑いのなんの、到着した時間は写真の画像データから13時30分頃だったのですが、『一天にわかに掻き曇り』の言葉のように、辺りは急に夕方のように暗くなり、怖ろしいほどの雷鳴が轟き渡り、篠突く雨が降り出しました。てか、それってよくある話なのです。私はとても立派な雨男ですから・・。いつもではないのですが、ここぞという時は必ず嵐のような土砂降りの雨が降るのです。結婚式も・・。普通のシャッタースピードで写る雨粒ってどうよ(^_^;)

本堂の縁側から
本堂の縁側から(雨が見えますか?)

雨粒
これ普通に夜でしょう。

 それはさておき、このお寺のHPによると『創建は鎌倉時代の安貞元年(1227年)で義空によって創建されました。本堂(釈迦堂)は応仁文明の乱などの度重なる災害にも焼けることなく残り、京都市内では最古の仏堂建築物です。国宝である本堂(釈迦堂)のほか、重要文化財として木造釈迦如来坐像(附天蓋)、木造十大弟子立像10躯などがあります。』とあるように、どっしりとした風格のある建造物でした。

本堂
国宝の本堂

 また、上の記載にある釈迦如来像などはとても美しいお顔の仏像で、しばし時間が経つのを忘れる思いでした。ありゃ!『引接寺』はどこいった!?

 『おかめ』の物語は、下のHPでどうぞお読みください。

おかめ像
おかめ像

千本釈迦堂(大報恩寺)
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