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香川県高松市の中心市街地再開発について

平成24年4月29日(日)
 高松市の中心地を南北に突き抜けているのが『丸亀町』です。数年前から商店街の北側から再開発が行われ、店舗のリニューアル、店舗の高層化による道路の拡幅、商店街にマンションを隣接させることで定住人口を増やし、商店街の利用者増を図るなどの効果により、お客さんが中心市街地に回帰してきていると云われています。

3町ドーム
『3町(丸亀町・片原町・兵庫町)ドーム』から丸亀町商店街を望む

3町ドーム2
同じく『三越』方面を望む

『丸亀町壱番街』

 そんな中で4月19日(木)に丸亀町商店街の南入口付近の再開発が終わり、新しく『丸亀町グリーン』としてOPENしました。商店街に新しいホテルや多層化したマンションなども組み込まれています。イベント空間なども整備されていて、人の流れが意図的に滞留するような仕組みとなっています。そして、4月半ばから商店街への自転車の乗り入れを禁止(押して歩くのはOK)することによって、自転車と人の交通事故の防止や、スムースな通行の障害となる自転車の通路へのはみ出し駐輪の追放を図っています。代わりに無料の駐輪場を整備したり、多階建ての駐車場も整備されています。

丸亀町グリーン
丸亀町グリーン入口(南から撮影)

Green2.jpg
背後は高層のホテル・多層の駐車場

Green3.jpg
背後はマンション

Green4.jpg
丸亀町グリーンから南新町方面を望む(北側から撮影)

Green5.jpg
イベント広場付近

『丸亀町グリーン』

 『コンパクトシティ』が最近の都市計画のキーワードと云われています。人や施設を一定の範囲の都市部に集中化することで、社会インフラや公共施設、スムースな通行の交通機関などを効率的に配置できるからということでしょうか。確かに公共交通機関を維持するには、途切れなく利用するユーザーが必要ですね。四国ブロックは高齢化がほかのブロックより10年早く進行しています。高齢化による労働人口の減少や少子化による人口減少→自治体の税収減という構図があり、人が分散して定住していると社会資本の整備が難しくなってきます。『平成の大合併』で自治体は面積が大きくなっていますが、この人の分散定住(過疎化)による社会資本の非効率的投資に頭を悩ませているのではないでしょうか。いずれ、人・もの・仕事は都市部に高度に集積し、周辺は広大な農地を整備して都市の自給率を上げて・・・。四国全体が大規模農地に、ということもさほど非現実的な話でなくなるのでは?住みよい社会や時代の到来を祈ります。
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『郷屋敷』にて ~うどん遍路~

平成24年1月2日(月)
高松市からさぬき市志度町へ向かう県道沿いに、旧家のような目を引くお屋敷があります。

郷屋敷
郷屋敷(ピントがあっていません(>_<))

それが『郷屋敷』です。もう長い間営業されている饂飩屋さんです。市街地からは離れた静かな丘陵地に位置しているので、どちらかといえば、ふらっと行くよりは、誰かお客さんを連れて行いって、かしこまった席として使うことが多いです。畳敷きの座敷があったり、内庭を望む小部屋やテーブル席もあり、アレンジができるからというのが理由ですね。

 この日はお正月ということで、たいそう混みあっていたので、『茶房』に案内されました。そして注文したのは確か『天ぷらぶっかけ』でしたね。

天ぷらぶっかけ


郷屋敷

京都市紫野『大徳寺』にて(その1)

平成24年4月7日(土)
 大徳寺は、京都市北部を東西に横切る『北大路』から少し北に入ったあたり、洛北七野「紫野」にある古刹(臨済宗大徳寺派大本山)です。

 『あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る』 ← クリックすると作者がわかります。

 駐車場から総門をくぐり抜けて境内に入ると直ぐ右手に『大徳寺山内図』があります。下に掲載した山内図にこの日の経路をおとしてみます。総門→勅使門→三門→仏殿→法堂→塔頭「総見院」→塔頭「興臨院」→塔頭「黄梅院」の順です。塔頭3寺院は春の特別公開の期間中でした。

大徳寺高札
高札

大徳寺山内図
大徳寺山内図

 大徳寺の境内は、総門から入って右手から北に向かって参道が続いています。残念なことに、『勅使門』も『三門』も柵で囲われていて、くぐったりすることは叶いません。
まず、勅使門(重要文化財:重文)は黒っぽい頭でっかちの非常にどっしりとした構えの門でした。元々は御所の門だったようです。

総門
総門
勅使門
勅使門

『三門(重文)』は、ウイキによれば、「二層の三門。連歌師・宗長の寄進で享禄2年(1529年)にまず下層のみが竣工し、天正17年(1589年)、千利休が上層を完成させて「金毛閣」と名づけられた。利休は上層に自身の木像を安置したが(つまり、門をくぐる者は利休の下を通ることになる)、これが豊臣秀吉の怒りを買い、利休に切腹を命じたとする説がある。」とあり、いわく因縁のある歴史的建造物なのです。勅使門と比較すると、きらびやかなイメージですね。

金毛閣
三門(金毛閣)

『仏殿(重文)』は、唯一、中を覗ける伽藍でした。大徳寺の建物は大方が生い茂る松によって全体像が見えません。少し剪定すれば良いのにと思うのは私だけでしょうか。松をかき分けるようにして三門と仏殿の写真を撮ることができました。

三門
三門
仏殿
仏殿

 そして仏殿の中に安置してあった仏像がこれです。無造作に安置されていますが、なかなか良いと思いました。

仏像
仏像

 『法堂(重文)』は、外観のみです。ところで、『はっとう』と読むこの施設は、どんな施設なのでしょうか。例によってウイキで調べると、『法堂(はっとう)とは、仏教寺院において、僧侶が仏教を講義する建物の事である。「法堂」は主に禅宗寺院で用いられ、そのほかの宗派では講堂(こうどう)と呼ばれることが多い。(中略)仏舎利を祀る塔、仏像を祀る仏殿(金堂)と共に、伽藍を構成する最重要の建物であり、日本においてのその位置関係は、時代によってそれぞれ異なるが、仏殿の次の重要な建物として位置づけられるようになり、大抵は寺院の中心に設置されている。』とあります。てな訳で「臨済宗とは禅宗の一派ということがわかりました。」いろいろ深いなあ。こうして観ると『三門』だけが、何となく異質な印象を受けました。

庫裡、方丈、方丈庭園、国宝の唐門は、非公開でした。庫裡のみ外からパシャリ。(続く)

庫裡
庫裡(が見える)

もうすぐGWだと云うのに・・・。

平成24年1月1日(日)
 今年は、もう随分久しぶりに元旦に初詣しました。
 高松市の氏神様は、石清尾(いわせお)八幡宮です。
石清尾八幡宮本殿
石清尾八幡宮本殿

 おうちから、約8,000歩でボロボロになって辿り着きました。ご褒美に大吉のおみくじをもらって帰りました。一人きりでお参りしたと家族から非難がゴウゴウと沸上がり、3日にもお参りすることに。とほほ(>_<)。
おみくじを求める人々
おみくじを買い求める人々
おみくじ
大吉のおみくじ(家人と歩くというところが肝心かと。あはは、笑える。)

 私が小学生の頃は、春と秋のお祭りの時は学校がお休みになったり、半ドン(これも死語かな)になったりしていましたが、最近は地方祭も味気なくなりました。屋台も少なくなってね。
 まあ考えてみれば、たこ焼きやお好み焼きの屋台も普段から大型のショッピングモールに行けばあるもんね(^_^;)

石清尾八幡宮

P.S.大幅に更新をサボってしまいましたが、気を取り直してアップしよう。これから数年、京都に足繁く通うことになりそうです。その模様は後日報告させてもらいます。
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