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まほろばの吉備路(その2)

平成23年8月20日(土)
総社駅から東に向いて歩きだした私ですが、途中で東総社駅に行こうと方向転換しました。というのも、ひょっとしてレンタサイクルがあるかも、確か乗り捨て場所に指定されていたなあと思い出したからでした。総社市役所前の交差点に市内地図があって、東総社駅の場所を確認できましたが、備中国分寺とは正反対の方向でした。その頃には、悪いことに傘をささないとびしょ濡れになりそうな雨足になっていました。

 東総社駅は、ローカル線らしいこぢんまりとした駅でした。駅前で探しましたが、それらしい施設がないため、ほんの僅かな逡巡ののち、自転車は諦めて全行程を歩き通す覚悟をした訳です。(これは内緒ですが、本当は、挫けそうになって「もう帰ろう。」と時刻表をまじまじと眺めた私でしたが、次の吉備線岡山方面行きの便までにしばらく時間があったので、最寄りの神社『総社宮』へ行くことにしたのでした。)

 総社(宮)は、平安時代に創建され、その社(やしろ)が町の名前になるぐらい歴史のある神社なのです。この神社の特徴は、鳥居のある正面からと、もうひとつの入り口からとの、二つの方向から屋根付きの参道が本殿に続いていることと、屋根付きの参道に挟まれたように、三島式庭園があることでしょうか。

総社宮鳥居
総社宮鳥居
屋根付きの参道
屋根付き参道
屋根付き参道②
屋根付き参道から境内を望む
三島式庭園
三島式庭園

 池の中の神社には「厳島神社」という名札が。その写真を撮っていると、池のなかで「ズッボーン」という大きな音がして、金色の巨大な鯉が濁った水面から身を翻して水中に消えていったのですが、その音に驚いた私は、折からの雨で濡れた花崗岩の太鼓橋の上から滑って転落しそうに・・・。今年、酔っぱらって自転車ごと池に転落した悪夢が一瞬脳裏をよぎったのでした。水難の相が出ている私は水辺に近づけません。トホホ(悲)

 総社宮の御祭神は、大己貴命(大国主命)・須勢理毘売命(スセリビメノミコト)・神祇官八神(神祇官の御巫〈かんなぎ〉の祭る神八座)・備前国一二八社の御祭神で、御神徳は、病気平癒・地鎮・縁結び等だそうです。総社宮に詣でると、備前128社の神社を詣でたことになるというお得な神社のお話でした。

境内
境内
本殿
拝殿(本殿)
天の岩戸開き神々
拝殿前の神楽面①(天の岩戸開き神々)
備中神楽神々
拝殿前の神楽面②(備中神楽神々)
不詳の神々
拝殿前の神楽面③(不詳)

 なお、総社市観光ガイドによると、「拝殿には多くの絵馬が奉納されており、円山応挙や大原呑舟といった有名作家の絵馬も奉納されています。」とのことでしたが、今回はそれらは見ることは出来ませんでした。   続く

総社市観光ガイド
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まほろばの吉備路(その1)

平成23年8月21日(土)
 『吉備国(きびのくに)は、古代日本の地方国家である。現在の岡山県全域と広島県東部と香川県島嶼部および兵庫県西部(佐用郡の一部と赤穂市の一部など)にまたがり、筑紫、出雲、大和、越、毛野などと並ぶ有力な勢力の一つだった。』とウィキペディアに書いています。そして、後の律令時代(大化の改新頃から10世紀までの約3世紀)には、そこは『備前国・備中国・備後国・美作国』と呼ばれていました。

吉備国
古代地図(ウィキペディアから転載)

 さて、立秋も過ぎてお盆の送り火も終わった8月21日(土)、思いたって岡山県は古代吉備国に行くことにしました。岡山県ではこのエリアを『吉備路』と呼んでいます。さて、香川県高松市から吉備路に行くには、JR瀬戸大橋線を利用して岡山駅まで行き、そこからJR吉備線もしくはJR伯備線で行く方法がありますが、曇り空にも関わらず、私は「えいっ!やっ!」で岡山県「総社」までの切符(1,810円)を購入して11:10発のマリンライナーに飛び乗りました。後から振り返るとこれが間違いの始まりでした。何にも計画も立てずに、ただただ衝動的に行動してしまう、本当に馬鹿は死ぬまで直らない。

 岡山駅で伯備線(2番ホーム)に乗り換えて、12時46分にJR伯備線の総社駅に降り立った私は、取りあえず観光パンフレットが置いていないか探してみました。残念ながら置いてあったのは岡山発の国外・国内ツアーのパンフレットだけでした。駅の壁面に総社観光イラストマップを掲示してあったので、とりあえずそれをパチリ。

総社駅ホーム
総社駅ホーム(南向きに撮影)

JR総社駅
JR総社駅全景

総社観光イラストマップ
総社市観光イラストマップ(部分:総社駅で撮影)

 次に駅周辺でレンタサイクルのお店を探してみました。これも、雨がぽつりぽつり降りだしてきて、傘をさして自転車で走るのもね~とか思い、あまり熱心に探さなかったのでやはり見つからず。仕方がないので、取りあえず東へ向けて歩き出すことに。何の計画も立てずにとは云いましたが、何の目算もなく歩き出した訳ではなくて、事前に『里山を歩こう 吉備路』というHPで、大雑把ではありますがサイクリング・コースを研究していました。それによると総社から備中高松までの間に、いろいろな観光スポットがあることは承知していました。そしてその行程が約11㎞ぐらいということも。

国分寺の案内標識
備中国分寺の案内標識

 しばらくして、そう云えば、先ほどのHPで紹介されていたサイクリングの代表的な行程は、出発点が「備中高松駅」で、終着点が「東総社駅」だったなあ・・・。←想い出すのが遅い。アホ。道路沿いの標識には『備中国分寺』の標識が・・・国分寺だけは見て帰りたいなあ。少し不安になってきた。   続く。

里山を歩こう 吉備路

自転車で駆けめぐった京都2011(その8)

平成23年5月15日(日)
 祇園エリアをかすめて、私たちは四条通と東大路通りとの変則交差点に面した、祇園祭で有名な『八坂神社』西楼門に辿り着きました。西楼門は迫力のある阿吽(あ・うん)が右左から参拝者を睨みつけていました。いや、お迎えしてくれていたのかもですが。

西楼門
西楼門

八坂神社由来
八坂神社由来

 朱塗りの門の中にはさぞや高名な人物と思しき能面の翁のようなお顔の像が2体安置されていましたが、調べてみると平安時代の高貴な方の随身(家来)とのこと。少し意外でした。てか、写真撮ったし。

随身
左右の随身

 西楼門は、四条通の突き当たりにありますが、正門ではなくて、南楼門が正門だそうです。そう言えば、南楼門には大きな鳥居がありましたね。

八坂神社鳥居
八坂神社鳥居

南楼門
南楼門(境内側から撮影)

 この辺りはすでに東山。西楼門をくぐって、右へ、左へと曲がりくねって、なだらかな石段のある坂道の参道を登っていきます。
その参道の途中に蛭子社(えべっさん)がありましたが、ここは平安時代に祀られた長い歴史のあるえびす神社なんだそうです。元日にはあの「今宮戎神社」から鯛が奉納されると聞いて、へ~と感心。「 商売繁昌で笹もってこい!」てか。

 その辺りから、着物姿の妙齢(若い)のご婦人方の姿が見え隠れしていたので、何だろう?帰ってきてから調べると八坂神社には芸事の神様(大田白髭神社)も祀っている社があって、祇園の芸子さんが通うんだそうです。まあ、実際にその関係者だったかどうかはわかりませんが、気品のある方々でしたね。

 本殿と舞殿の配置は、他の京都の神社のそれと似通っていました。南楼門脇には能舞台もありました。

本殿
本殿

舞殿
舞殿

 本殿には、3人の神様が祀られています。「ヤマタノオロチ」を退治した「スサノウノミコト(素戔嗚尊)」、そしてその妻「クシイナダヒメ(櫛稲田姫命)」、天照大神とスサノウノミコトが生み出した宗像三女神をはじめとする8柱の神々「ヤハシラノミコガミ(八柱 御子神)」です。これらの神々については、「古事記」や「日本書紀」に記載があるようです。ウィキに書いてありました。

 「八坂神社」のHPにある「創祀」を読んでみると、八坂神社の創世記にも八坂造(やさかのみやつこ)一族という渡来人の存在が語られています。そして、『あの人』のことも・・・。『記紀神話(高天原神話)』以前の世界が垣間見えたような気がしました。

八坂神社
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